2015/08/13

「夢」なんてなくていい。人生はその場任せ!

夢

夢=職業という認識の謎

なんか日本社会では、小学生のころから卒業文集に”将来の夢”とか書かされるし、夢=職業みたいな洗脳を受ける。
別にお金持ちになりたいとか、一日の半分を寝て過ごしたいでもいいのに、具体的な職業を調べ、書かされる。
私は別に何をやりたいとかなかったし、クラスで最後のほうまで悩んでいた。結局無難なものを調べてまとめたのだが…。

その場その場で決まる

夢=職業と過程して。
たとえば会社に就職して、数年働いて。何かの人脈の縁で転職するかもしれないし、自分でもっとやりたいことが見つかるかもしれない。働いているうちに考え方も変わるから当然、昔考えた”夢”なんて泡と消える。状況によってその時の最善の選択肢を選ぶのが普通だ。
『日本人が一生使える勉強法』から。

人の想像力には限界があります。人は創造の範囲内でしか夢を描くことができません。一つ先のビジョンは見えても、それを達成してみないとその先は見通せないものです。富士山の山頂の景色は、山頂に登った人しか見ることができないように、どんな仕事も突き詰めて何かに到達したときにしか見えないものや感じられないものがあるはずです。

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つまりその場その場で与えられる役割を果たしてみないと、自分が本当にやりたいこととか、どうなりたいのかが見えてこないということ。100手先を見通せるのは羽生善治だけで十分だ。

カーネルおじさんも遅咲きの人生

人生その場その場説は、ケンタッキーのカーネル・サンダースにも当てはまる。
『日本人が一生使える勉強法』から。

彼は年齢を詐称して軍に入るも、一兵卒のまま挫折。その後、様々な職業を渡り歩き、機関車修理工、ボイラー係、フェリーボートのスタッフ、タイヤのセールスをはじめ、四〇種もの職を転々として、三十代後半になってケンタッキー州でガソリンスタンドを経営するようになります。
ところがそのガソリンスタンドは火災に見舞われたうえ、大恐慌の煽りを受けてあえなく倒産。その後、ガソリンスタンドの一角で販売していた評判のオリジナル・フライドチキンのカフェを再建したのが五十一歳のとき、やがてそれが大ブレークして、世界のケンタッキー・フライドチキンとなるのです。

つまり、行き当たりばったりでその場の運命に流される。その中で夢というのは常に変わっていく。ブレないからすごいのではなく、変われるすごさもある。そしてうまく時流に乗ることができた。

自分に向く仕事がない!?

私も小学生の時にこうだったという話を先ほども少しした。やりたい仕事なんてないし、全く思いつかないから苦労した。当時パソコンでインターネットをすることが好きだったので、それらしい職業を見つけて適当に発表した覚えがある。
再び『日本人が一生使える勉強法』からこんな記述がある。

逆に「自分に向いている仕事などこの世にない」と思えば気が楽になる。そのうえで「どうやってこの仕事を楽しもうか」「どうしたらこの仕事にやりがいを見出せるだろうか」と模索すればよいのです。
結局のところ、道は二つに一つしかありません。いま自分が好きだと思っていることを仕事にするのか、もしくは今自分がやっている仕事を好きになるかです。

別に仕事にやりがいを求めるのも好きになるのも勝手だから好きにしたらいいと思うが、少しでも楽しめるならそれもいいのかもしれない。完全にプライベートと割り切るのもいいかもしれないが、こちらは少し疲れそうだ。結局はプライベートと仕事の垣根をなくして、仕事も遊びも楽しめるみたいなノリの人が一番人生を楽しめるのだと思う。しかしその価値観を押し付けてくるから社畜などと揶揄されたり疎まれたりするらしい。